2013年5月25日土曜日

Cycling Africa 〜DAY 8〜




人間誰しも完璧であることなどあり得ない。誰でも長短は然るべくして持ち合わせており、肝心なのはそれを自覚しているかの有無である。自らの弱さを弱さとして受け入れてこそ、人は初めてお天道様に顔向けできるというものではないだろうか。

僕とミハラは吸血鬼もかくやといった具合に、朝に弱い。つまりは、そういうことである。

だがそれも今日に限ってはさしたる問題では無い。昨晩、件のオーナーから雑誌にでも載っていそうな洒落たアイスを差し入れてくれるという、これまた粋な計らいに甘んじながら、我々はこれからの旅程について話し合っていた。出発地から国境までと、そこから目的地までは、前者の方が距離的にはやや勝るものの、南アフリカ国内は山がちであるという真に今更な情報を南から来た他の宿泊客から手に入れた。

総期間が16日で、本日がちょうど折り返し日にあたる。本来なら既に南アフリカ国内、最悪でも国境にいるべきところ、ここから国境までは未だ裕に200kmの距離がある。つまり、最悪より最悪な危機的状況であった。これも一重に強風と暑さのせいだ、と口を揃えて呪いの言葉を唱えたところで、状況は当然変わらない。ならせめて、手段を選ばずとりあえず「最悪」の状況までは回帰しよう、というのが成された決議であった。


といった経緯で、午前中は朝寝坊、と悠々たる自堕落で浪費し、オーナーに有りっ丈の感謝を告げ自転車に股がった時はもう太陽も天中に差し掛かった頃であった。すっかり暑い夏の日差しの中、数キロばかり走ると休憩所が見えたので、ここに腰を下しちょいとヒッチハイクを決込むことにした。先に記した通り、形振り構ってられない、のだ。

15分交代で通り過ぎるトラックに向かって大きく手を振る。通常のヒッチハイクと違って、自転車2台が積めなければ話にならないため、車は選ばなければならない。「選択的ヒッチハイク」というやつだ。だがそもそも車自体があまり通らず、通ったとしても停まってくれない。日差しと苛立ちだけが増してゆく。

巨大なトラックがブレーキをかけたのは、そんな時だった。

タコのような顔をした男が運転するトラックは、南アフリカ・ナミビア間を往復する運送会社のそれのようで、今は仕入れに戻る途中なのか、コンテナの中は空だった。そこに二台の自転車をぶち込み、我々は急かされるままに助手席に乗り込んだ。

長距離トラックの助手席に乗ったのは初めてで、外側から想像されるよりも中が広いことに驚いた。後部が二段のベッドになっており、そこに他のナミビア人ヒッチハイカーと共に腰掛ける。自転車だったらあり得ないスピードで何の辛さもキツさもなく進むトラックには感動したが、後部座席から見える空は随分狭く、色褪せて見えた。


適度な揺れにうたた寝していたようで、気づけば国境のかなり近くまで来ているようだった。窓の外を眺めると、荒野だったはずの大地は文字通り石ばかりの砂漠へと変わっていた。この道を走るつもりだったのかと自らの浅はかさを恥じると共に、何故だろうか、この砂漠の道を走れなかったことを後悔した。

国境脇の駐車場で下ろしてもらい、礼を述べる。来た道を少し戻った所にガソリンスタンドがあったので、そこに向かった。敷地脇には芝生で覆われた場所があり、そこで野宿させてもらえないか尋ねると、予想に反して快く許可してくれた。絶壁の岩山を背景に携えたそのガソリンスタンドの真隣にはゲストハウスがあるにも関わらず、だ。有り難い。

まずはコーラを飲もう、と店で飲み物を選んでいると、黒人のオッサンがやってきて「お前らジャパニーズだろ?やっぱりな。こないだもジャパニーズガールがケープタウンを自転車で目指してたよ。クレイジーだな全く!」と話しかけてきて、ジュースを奢ってくれた。

もしかして、と思い聞いてみると、彼が見たというジャパニーズガールはケニアの宿で一緒だったメグさんだった。同じ道を走っているとは知っていたが、第三者からそう聞かされると奇妙な現実感を感じるものである。と同時に、僕が今回自転車を漕ぐキッカケとなったチャリダー・カスミさんも既にこの道を走っていて、もう1人の尊敬するチャリダー・リョウヘイさんもこれからこの道を走るのだ。そう思うと、胸が熱くなった。こんなにワクワクすることって、なかなか無い。


ミハラが店の前に胡座をかき「唄うたいのバラッド」を切なげに弾き語ってる間、少し砂漠に入った見晴らしの良さそうな丘に登った。夕日が西の絶壁で隠れてしまう前に、と急ぎ足で登り切ったそこからは、360°が見渡せた。

北を見れば果てしなく広がる過酷な砂漠をウィントフックへと続く道が淡々と伸びている。南を見れば国境の白い建物が、その向こうには山々が聳え立っている。西を見れば目を細める程に夕日が爛々と燃えており、東を見れば果てしなく平坦に続く砂漠が赤く染まっている。目を閉じれば南アフリカから吹き続ける風が体の熱を高ぶらせる。

「ついに、ここまで来たのか。」そう独語し、ひとつ深呼吸をした。全行程を漕いできたわけではない。けれど、26インチのペダルを一回転させ、もう一度回し、その積み重ねにここまで導かれたことに、言葉にできない感慨と達成感を覚えた。

「まだ所詮半分だぞ馬鹿野郎」、そう自分に喝を入れるが、高ぶった気持ちは収まらず、とりあえずラジオ体操をしてみた。僕は、ミハラは、ナミビアは、とにもかくにも自由で、空はただただ広かった。憎たらしい南風も、今だけは心地よかった。

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